コミュニカティブな授業にこだわりすぎていませんか?

スキル

「授業がスムーズに進まない」

「なぜか雰囲気がギクシャクして思うように進められない」

そのような場合は一度授業の形について考えてみましょう。

日本語学校の養成課程ではコミュニカティブな授業を前提にしています。

ですが、教授法は必ずしもそれだけとは限りません。

今回の内容は次の三つです。

コミュニカティブな授業じゃなきゃダメなの?

基本的な文法・文型だけでもしっかりと扱おう

学習者はコミュニカティブな授業ばかりを求めていません

授業の形は一様ではありません。

コミュニカティブな形に固執せず、もう少し別の角度からも考えてみましょう。

【コミュニカティブな授業じゃなきゃダメなの?】

日本語教育ではコミュニカティブ・アプローチに対する根強い信仰があります。

文法・文型重視の言語教育ではコミュニケーション能力が伸びないという反省から、1980年代以降、その傾向は顕著になりました。

養成課程で習う教授法もコミュニカティブであることが前提である場合が多いです。

教師が一方的に話す、いわゆる講義形式は奨励されません。

日本語を習う学習者が話せるようなるため、できるだけ会話を重視した教授法を基本としています。

自然な文脈で使える言葉を覚えるということに関しては、コミュニカティブな授業に反対する余地はありません。

ですが、それが受けて側(学習者)にとって唯一無二の学習法というわけではありません。

学ぶ方から見れば効果的かどうかということが重要であり、教授法に対するこだわりは教師の方にしかありません。

よく、「文法や文型重視の授業では実践的なコミュニケーション能力が育たない」と言う教師がいます。

ですが、コミュニカティブな教授法であればどんな学習者でもコミュニケーション能力が伸びるというわけでもありません。

野球で例えると、文法や文系重視の授業はキャッチボールのようなものです。

実際の試合ではそんな球はほとんど飛んできません。

その意味では、キャッチボールは実際の試合に対応できる守備力はつかないと言えます。

でも、プロ野球選手はしっかりとキャッチボールをします。

プロにとってもキャッチボールはとても重要な練習のひとつです。

それは、キャッチボールには「相手の取りやすいところに投げる」「ミスをしないようにしっかりとした捕球体勢でとる」と言った、守備の基本的な要素が入っているからです。

言語学習も同じです。

文法や文型のような基本的な勉強は、相手に伝えるというコミュニケーションの前提を築くためにはとても大切です。

相手の理解しやすいように話す、円滑なコミュニケーションを行うということからすれば、基本的な学習も重要といえます。

実際のコミュニケーションとは異なる形でも、基本的なことを知っておくことは大切です。

コミュニカティブな教授法を使用しても、やはり抽象的な概念を知っておかなければ

なかなか上達しないということもあります。

時間効率を考えると、必ずしもコミュニカティブ・アプローチが最高とは言えないかも

しれません。

コミュニケーションばかりに目がいくのは、

野球でゲーム練習ばかりするのと同じです。

走る基礎体力(文法や語彙の基礎学力)がなければ、コミュニケーション能力も向上しません。

その意味では、必ずしもコミュニカティブな教授法にこだわる必要はないといえます。

【基本的な文法・文型だけでもしっかりと扱おう】

今はLINEやMAILでのコミュニケーションがとても重視されています。

その意味では、授業自体も必ずしも会話重視にする必要はありません。

話せるよりも読める、書ける日本語をより必要としている学習者も多いでしょう。

これは教師も同じことが言えます。

話すための授業よりも書くための授業の方が得意だという人もいるでしょう。

コミュニカティブな授業がうまくいかない人は、読み書きに重点をおくのも一つの方法です。

同じアウトプットでも「書く」ことを重視するんです。

話すことや書くことにはそれぞれ得意、不得意があります。

学習者の中には人前で話すことが苦手という人もいるでしょう。

そのような人にとっては話すよりも書くことで学習成果を確認する方が精神的な負担が軽減されます。

コミュニカティブが苦手な教師が話すことを苦手としている学習者と無理に会話するのはあまり効率的ではありません。

もちろん、苦手であってもやらなければならないことはあります。

なので、常に書くことだけにするわけにはいきませんが、その比率を変えることは可能です。

【学習者はコミュニカティブな授業ばかりを求めていません】

会話の授業はうまくいくとにぎやかで楽しい時間になります。

ですが、会話は即興性が求められます。

話したいことを全部話せるわけではありません。

その意味では、学習者にとって会話がストレスになる場合もあります。

じっくり考えたい。

考えてからアウトプットしたい。

ということもあるでしょう。

そのような時は、コミュニカティブな授業よりタスクを多めにしたいと思うかもしれません。

そこで教師が無理やりコミュニカティブな授業をしても、お互いに生産的な時間は過ごせません。

学びにはタイミングも重要です。

話したくない時にムリに話をしても、それほど学習効果は望めません。

あくまでも学びの主体は学習者です。

学習者にとってより良い学びの環境を第一に考えるのが教師の仕事です。

学習者がコミュニカティブな授業を求めていない時は、ムリする必要はありません。

自分には向かない、苦手だと思えば、違う教授法に変えましょう。

教授法は一つではありません。

コミュニカティブな教授法でうまくいかなくても、それにこだわりすぎないようにしましょう。

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